廣瀬智紀さんのインスタグラム写真 - (廣瀬智紀Instagram)「先日、佐賀の母方の祖母が天国に旅立ちました。  そのため、短い間でしたが佐賀に帰省していました。  おばあちゃんは、3年前に突然倒れてしまい、大病を患ってから、ずっと寝たきりでした。  当時倒れたときも、駆けつけることはできたのですが、何とか一命は取り留めたもののお医者さんにかなり厳しい状況だと告げられたことを覚えています。いつ息を引き取ってもおかしくないような状況でした。  それにもかかわらず、3年以上も、眠り続け、自身の命の火を灯し続けてくれていました。  ぼくの母は、目覚める奇跡や希望を胸に、帰省できるときは帰省して、おばあちゃんの側でやれることをやっていました。  母はおばあちゃんのことが大好きでした。  ただコロナ禍でもあったので、会える時間はごく僅か。 それでも行ける時は、時間をかけておばあちゃんのところへ赴き、限りある時間をおばあちゃんの元で過ごしていました。  今回、おばあちゃんの知らせが父から届いたとき、そんな母のことが気がかりでした。  母は先に行っていたので、おばあちゃんの最期を看取ることができましたので、それは本当に良かったな、と息子ながら思いました。  そして自分もできることはないかと、次の日に向かいました。  何とか滑り込みし、みんなと一緒に手を合わせました。  空気はしんみりというより、なんだかあったかかったです。おばあちゃんの人柄があらわれているような。  告別式の終わった夜、おばあちゃん家で母はぼくに、やれることは全てやってきた、尽くしてきたし、おばあちゃんは本当に安らかに眠るように逝ったんだよ、後悔はないよ、と言いました。  それから母は、ぼくが佐賀にいる間は、毎晩おばあちゃんのこと、ぼくが生まれる前のおばあちゃんとの思い出、同じ話を、何回も何回も繰り返し、ぼくに話してくれました。  いつものぼくなら、それもう聞いたよ、同じ話、その話何回目だと思ぅう?と片付けてしまいますが、そのときばかりは、じっと、ただただ聞いた。黙々と聞いた。  それは母の本当の気持ちに触れたからであり、  その都度、親の深い愛に触れたからです。  それはおばあちゃんの母としての愛、祖母から母への、母から祖母への真実の愛でした。  素敵だな、と思いました。  普段のぼくは、母には口を開けば、生意気な口をきき、カメラを向けられたら、ふてぶてしい顔をする。  この期間、  少しはいつもより優しくできたんじゃなかろうか。  おばあちゃんの話をしたいのに、なぜだか母との話になってしまいました。  おばあちゃんは、子どもの頃ぼくが佐賀に行くたびに喜んでくれて、遊んでくれて、色んなところに連れて行ってくれて、たくさん愛してくれました。  もちろんぼくも大大大好きなおばあちゃんでした。  おばあちゃんは、自分のことは二の次で、人のためによく動く人でした。  子どもの頃の記憶も同じ印象が残っています。  考えてみれば、うちの父も母もそんな感じの人です。  なんだか、思うまま、書いてるからまとまりのない文章だけど、これでいいですね。  おばあちゃんの葬儀関連で動いてくださった皆さん、お疲れ様でした。そして、ありがとうございました。  ぼくの祖父母は全員が天国に行きました。  なかなかお話するタイミングもなかったですが、父方の祖母も4年前に亡くなってます。  祖父は、ぼくが小さい頃に亡くなってしまったのでほとんど記憶はなく、その分おばあちゃんたちとの思い出が色濃く、ずっと残っています。  両親がおばあちゃん家にしょっちゅう連れて行ってくれていたから、たくさん思い出が溢れてるんだろうな。  今回の帰省で結果的に、ぼくにやれることは特に何もなく、ただただおばあちゃんに思いを馳せること、弔問客の皆さんのお出迎えとお見送りを親と一緒にすること、思い出の佐賀を巡る、くらいでした。  いつまで経っても、親の子だな、としみじみ、、  向こうが子供扱いするから、、子供扱いするもんで、不思議とぼくも子供でいようと、どこか子供を全うしようと、もちろん全てではないですが、意識的に甘えていた部分もあります。  久しぶりに叔父、叔母、いとこやいとこの子供たちとも会えて、おばあちゃんがまた逢わせてくれたねー、なんて再会を喜びました。  これからの人生は、おばあちゃんたちの分まで。  これからも思い出と共に、一緒に生きていきます。  Instagramなので、佐賀の写真を。  せっかく来たんだし美味しいもの食べていきんしゃいってみんな言うし、おばあちゃんも言っている気がしたので、美味しいものもたくさんいただきました。  佐賀の人はみんなあったかい。。  思い出の写真と いろんな美味しいものと、いとこの8か月のベビィ^^  8年前のおばあちゃんとぼく  毎度すみません、、 ふてぶてしい顔のソロショットは母が撮ってます。  おばあちゃん、もうすぐ春だよ  たくさんたくさんありがとう。  今日は、  おばあちゃんの誕生日だね。  おばあちゃん、おめでとう^_^  まとまりのない長文、失礼しました^^;;   今日記しておきたかったので、、  ではでは。」3月3日 21時24分 - hirose_tomoki.0214

廣瀬智紀のインスタグラム(hirose_tomoki.0214) - 3月3日 21時24分


先日、佐賀の母方の祖母が天国に旅立ちました。

そのため、短い間でしたが佐賀に帰省していました。

おばあちゃんは、3年前に突然倒れてしまい、大病を患ってから、ずっと寝たきりでした。

当時倒れたときも、駆けつけることはできたのですが、何とか一命は取り留めたもののお医者さんにかなり厳しい状況だと告げられたことを覚えています。いつ息を引き取ってもおかしくないような状況でした。

それにもかかわらず、3年以上も、眠り続け、自身の命の火を灯し続けてくれていました。

ぼくの母は、目覚める奇跡や希望を胸に、帰省できるときは帰省して、おばあちゃんの側でやれることをやっていました。

母はおばあちゃんのことが大好きでした。

ただコロナ禍でもあったので、会える時間はごく僅か。
それでも行ける時は、時間をかけておばあちゃんのところへ赴き、限りある時間をおばあちゃんの元で過ごしていました。

今回、おばあちゃんの知らせが父から届いたとき、そんな母のことが気がかりでした。

母は先に行っていたので、おばあちゃんの最期を看取ることができましたので、それは本当に良かったな、と息子ながら思いました。

そして自分もできることはないかと、次の日に向かいました。

何とか滑り込みし、みんなと一緒に手を合わせました。

空気はしんみりというより、なんだかあったかかったです。おばあちゃんの人柄があらわれているような。

告別式の終わった夜、おばあちゃん家で母はぼくに、やれることは全てやってきた、尽くしてきたし、おばあちゃんは本当に安らかに眠るように逝ったんだよ、後悔はないよ、と言いました。

それから母は、ぼくが佐賀にいる間は、毎晩おばあちゃんのこと、ぼくが生まれる前のおばあちゃんとの思い出、同じ話を、何回も何回も繰り返し、ぼくに話してくれました。

いつものぼくなら、それもう聞いたよ、同じ話、その話何回目だと思ぅう?と片付けてしまいますが、そのときばかりは、じっと、ただただ聞いた。黙々と聞いた。

それは母の本当の気持ちに触れたからであり、

その都度、親の深い愛に触れたからです。

それはおばあちゃんの母としての愛、祖母から母への、母から祖母への真実の愛でした。

素敵だな、と思いました。

普段のぼくは、母には口を開けば、生意気な口をきき、カメラを向けられたら、ふてぶてしい顔をする。

この期間、

少しはいつもより優しくできたんじゃなかろうか。

おばあちゃんの話をしたいのに、なぜだか母との話になってしまいました。

おばあちゃんは、子どもの頃ぼくが佐賀に行くたびに喜んでくれて、遊んでくれて、色んなところに連れて行ってくれて、たくさん愛してくれました。

もちろんぼくも大大大好きなおばあちゃんでした。

おばあちゃんは、自分のことは二の次で、人のためによく動く人でした。

子どもの頃の記憶も同じ印象が残っています。

考えてみれば、うちの父も母もそんな感じの人です。

なんだか、思うまま、書いてるからまとまりのない文章だけど、これでいいですね。

おばあちゃんの葬儀関連で動いてくださった皆さん、お疲れ様でした。そして、ありがとうございました。

ぼくの祖父母は全員が天国に行きました。

なかなかお話するタイミングもなかったですが、父方の祖母も4年前に亡くなってます。

祖父は、ぼくが小さい頃に亡くなってしまったのでほとんど記憶はなく、その分おばあちゃんたちとの思い出が色濃く、ずっと残っています。

両親がおばあちゃん家にしょっちゅう連れて行ってくれていたから、たくさん思い出が溢れてるんだろうな。

今回の帰省で結果的に、ぼくにやれることは特に何もなく、ただただおばあちゃんに思いを馳せること、弔問客の皆さんのお出迎えとお見送りを親と一緒にすること、思い出の佐賀を巡る、くらいでした。

いつまで経っても、親の子だな、としみじみ、、

向こうが子供扱いするから、、子供扱いするもんで、不思議とぼくも子供でいようと、どこか子供を全うしようと、もちろん全てではないですが、意識的に甘えていた部分もあります。

久しぶりに叔父、叔母、いとこやいとこの子供たちとも会えて、おばあちゃんがまた逢わせてくれたねー、なんて再会を喜びました。

これからの人生は、おばあちゃんたちの分まで。

これからも思い出と共に、一緒に生きていきます。

Instagramなので、佐賀の写真を。

せっかく来たんだし美味しいもの食べていきんしゃいってみんな言うし、おばあちゃんも言っている気がしたので、美味しいものもたくさんいただきました。

佐賀の人はみんなあったかい。。

思い出の写真と
いろんな美味しいものと、いとこの8か月のベビィ^^

8年前のおばあちゃんとぼく

毎度すみません、、
ふてぶてしい顔のソロショットは母が撮ってます。

おばあちゃん、もうすぐ春だよ

たくさんたくさんありがとう。

今日は、

おばあちゃんの誕生日だね。

おばあちゃん、おめでとう^_^

まとまりのない長文、失礼しました^^;;

今日記しておきたかったので、、

ではでは。


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2023/3/3

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